2018年9月5日水曜日

【第877回】『バッテリーⅢ』(あさのあつこ、角川書店、2004年)


 以前は主人公・巧を中心に読んでしまったが、読み直してみると、各登場人物のキャラが立っていることに気づかされた。様々な人物に寄り添いながら物語を読み進められるという点も、本シリーズの魅力の一つなのであろう。

 たとえば、先輩部員による後輩部員へのイジメに近いシーンがある。以前読んだ際には、その先輩部員に対して気持ち悪さしか感じなかった。しかし、理解しようと思えば理解できる部分もあり、それを足がかりにするとその人物の苦しさや葛藤を切実なものとして感じられる。

 とはいえ、やはり物語の中心にいるのは巧である。

 自分の中にあった様々なものが、潮が引くように消えていく。焦りも苛立ちも不安も嫌悪も、希望や野球への渇望さえも、するすると消えていく。(42頁)

 ボールを本気で投げることだけに集中できるというのはどのような気持ちなのだろうか。自分だったら、もっと他の要素にも意識がいってしまう。チームメイトや対戦相手、また試合展開や結果も重要な要素であり、引用箇所にあるように野球への気持ちまでもが消えてただボールに意識がいくというのは考えられない。反対に言えば、巧の特異な才能や性格は、こうした箇所できれいに表現されている。

 豪を信じていないわけじゃない。自分にとって、キャッチャーは豪ひとりだけだ。ただ、あのとき、豪の指先が震えていたのだ。ボールを落とすほどに震えていた。捕れないんじゃないか。ちらっと思った。確かに思った。そして、豪に自分の球を受け損ねてほしくなかった。豪のミットにボールが収まる。小気味よい音がする。豪が満足気に笑う。あの呼吸を乱したくなかった。不安げな豪の顔を見たくなかったのだ。(218頁)

 巧は、自身の投球に全ての重点を置いているようで、必ずしもそうではない。自身の感覚では投球だけに集中しているようでいて、現実的には捕手である豪への意識もあるからこそ、自身にブレが生じる。そのブレの正体を自覚できていないために、投球に影響が出る。中学一年生としての巧が、人間として成長する様を読むのも心地よい。

【第420回】『一瞬の風になれ 第一部』(佐藤多佳子、講談社、2006年)
【第422回】『一瞬の風になれ 第二部』(佐藤多佳子、講談社、2006年)
【第423回】『一瞬の風になれ 第三部』(佐藤多佳子、講談社、2006年

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