2018年9月6日木曜日

【第878回】『バッテリーⅣ』(あさのあつこ、角川書店、2005年)


 四巻まで読み直して、ようやく気づいたことがある。

 一人称として描かれる主体が、主人公の巧や豪だけではなく、野球部の主将、対戦相手校の四番打者と五番打者までもが登場するのである。村上春樹が描くような、異なる人物のストーリーが一つに集約する展開ではなく、同じ情景の連続の中で主語が変わるのである。それは、漱石の『明暗』を彷彿とさせる。

 『明暗』では、一人称での語りは主人公の夫妻のみであったが、「バッテリー」ではそれ以上の人数である。彼らが一人称で語って違和感がないのは、キャラ設定の凄みであろう。

 それぞれに考え、悩み、葛藤を抱える姿が美しい。以下では、永倉豪に焦点を当ててみたい。

 自分に向き合うことが一番、しんどい。向かい合わなくてすむのなら、自分の限界や弱さから、目を背けることができるのなら、幸せだと思う。(187頁)

 横手との対戦で自分自身の限界に直面し、狼狽して試合を壊しかけてしまったことから、立ち直れない。悩み、苦しんできたからこそ、こうした感情が出てくるのであろう。

 なんの前触れもなく、胸が騒いだ。自分の限界を見てみたい。ここまでだと自分の力を見切った、その先に行って見たい。超えてみたい。諦めて、誰かが敷いてくれた安全な道を行くのではなく、誰も知らない、教えてくれることのできない未来に自分を導いてみたい。未踏の地へと……。(201頁)

 苦悩からここまで至るにはどれほどの葛藤があったのだろうかと想像してしまう。

【第420回】『一瞬の風になれ 第一部』(佐藤多佳子、講談社、2006年)
【第422回】『一瞬の風になれ 第二部』(佐藤多佳子、講談社、2006年)
【第423回】『一瞬の風になれ 第三部』(佐藤多佳子、講談社、2006年

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