日本の製造現場を観察し、そこで得られた知見を基に研究を進めてきた著者の講演集である。講演というテーストで述べられた文言であるために、著者が語りかけているようで読みやすく、また著者の日本の製造業に対する想いが伝わってくるようだ。
長年あちこちの工場を見ていますと、危機における優良企業の優良現場というのは、大抵こうしたもので、挽回、改善、生き残りのための組織的な気力や実力に衰えが見られない。あわてず騒がず、淡々と日々の能力構築を続け、会社は赤字でも現場力の向上は続けています。(16頁)
日本のものづくり現場における強みを端的に表現した箇所であり、なんとなく感じ入ってしまった。もちろん、日本の工場が全てこうした美質を持っているのではなく、「優良企業の優良現場」という限定が示すように、むしろマジョリティはそうではないのであろう。トヨタでさえ、工場によって差があると本書でも指摘がなされているのであるから、ほかは言わずもがなである。
では、どのような状況でも改善を続けるというマインドセットの強みは、今後どのような分野で成果を出せるのか。
「きりがない」形でお客さんの機能要求がどんどん厳しくなる、あるいは社会的な規制が厳しくなる製品でこそ、日本の産業現場に生き残りのチャンスがあるのです。なぜなら、そういう製品は設計が複雑な「擦り合わせ型」になりやすく、「多能的な技術者によるチーム設計」という組織能力が活きる世界だからです。(39頁)
社会的な規制が厳しく、顧客の要求水準が高いという状況で「擦り合わせ型」の製造プロセスが求められる領域でこそ、日本の改善は活きる。反対にいえば、ディジタル製品をはじめとしたモジュラー型の生産方式や、製造時の規制で複数ライン間での多能工が禁じられるものづくり現場では、擦り合わせ型の改善は機能しづらいのであろう。
こうした擦り合わせ型の改善行動を京都の花街をアナロジーとして述べている以下の箇所が面白い。
不断に異常対応しつつ「流れ」を管理するという基本は、京都の御座敷も同じです。接客サービス業の場合は「お客の経験の流れ」に対して直接、付加価値(設計情報)を転写します。しかし、酔ったお客は挙動が乱れますから、花街の芸舞妓チームは、鉄板や部品の流れが相手のトヨタの現場以上に、異常対応の連続になります。(55頁)
花街における多様な協働や関わり合いながら人財を育成する様子は西尾久美子さんの『京都花街の経営学』に詳しいが、たしかにトヨタと花街の強みは符合するのではないかと納得した。
現場における付加価値は、製品やサービスの流れを重視した設計情報によって生み出される。流れは変化するものであり、顧客もしくは次の工程の変化を機敏に察知して自身のプロセスを変化させ続ける。こうした自律的行動によって価値が生み出されるのである。
【第573回】『経営戦略を問いなおす』(三品和広、筑摩書房、2006年)